林業史

林業史③~近世・江戸時代の藩有林の管理制度~

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江戸時代における林野管理制度

さて時代は流れて、近世に入ってきます。

藩有林の管理制度

藩有林は管理収益主体が藩主や領主になります。

良木の林野や奥山を領主が囲い込みを行いました。
独占的に利用していたのですね。

御林、御立山、御直山などや
「無主公山」という利用できない山も含まれました。

慣習的には地元農民にも利用を容認していました。
それ故に後述するような村持入会山との違いが
あやふやになる原因になりました。

伐採と販売方法

江戸時代初期は領主直営のものが多かったのですが、
後期になると特権商人と雇用林業労働者が出現しました。

人口が爆発的に増え、
江戸時代初期の江戸の人口は10万人から始まりましたが、
いつしか100万人の規模まで膨れ上がりました。

京や大坂でも人が江戸に匹敵する勢いで増えていました。

奈良から運ぶ木材だけでは、足りなくなり
瀬戸内海運を利用し、中四国や九州からも運んでいきました。

江戸時代初期は天竜川や熊野川近辺の木材を利用していましたが、
エネルギーの供給量が足りなくなってきたのですね。

そこでさらなる林野管理をするにいたりました。

秋田藩や土佐藩のような森林大国では、
藩による直営の販売方法もとられました。

話は変わりますが、高齢化率と森林率は大いに相関があります。
林業を盛り上げるのが山間部では必要です。
自伐型林業も高知県からはじまりましたよね。

会員登録待っています。

 

資源保護制度

森林資源をまもるために、次の3つが行われました。

  • 留山
  • 留木
  • 森林規整

 

留木とは?

留木(とめぎ)の話をしておこうと思います。

木曽五木

江戸時代に尾張藩により伐採が禁止された
木曽谷の木のことです。ヒノキ・アスナロ・コウヤマキ・ネズコ・サワラの5種類の常緑針葉樹林のことです。

さらにこれだけでは山地の荒廃がとめられず、
マツ・カラマツ・ケヤキ・トチ・カツラにも保護指定を追加し、
伐採禁止の地域や樹種を拡大して保護に努めました。

高野六木

高野山で古くからヒノキ・スギ・モミ・ツガ・アカマツ・コウヤマキの六種を重視して、
伐採を行った跡地には、その苗を植えさせられました。

これには森林の人為的利用と災害防止や自然林的様子の保全、生物多様性を維持する効果がありました。

 

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